大統領の秘密

アメリカ合衆国 36代大統領リンドン・B・ジョンソンの秘密
ジョンソン元大統領の娘ルシーさんが、当時高校生で、視力や知能指数や学習態度にも問題がなかったにもかかわらず、成績不振に陥っていました。娘さんは色んな検査を受けたのですが、原因が分からず、最後にオプトメトリストの検査を受けました。検査の結果、娘さんには視覚情報を処理する能力に問題があることが分かり、オプトメトリストの指導の下、視覚機能トレーニングに取り組みました。成績は次第に上がり、大学に入ってからは優等生名簿に名を連ねるようになったのです。このことは視覚機能の重要性が米国で認識されるきっかけとなりました。

「私の家族は皆優秀で学校も勤勉に努めました。しかし私だけは成績不良で、どんなに頑張ってもCからC+にすることもできませんでした。ところが様々な知能テストの結果では、私は決して知能指数が低いというわけではないということを言われていました。私はそれをひすら信じ、家へ帰ってからも何時間も作文に費やし、みんなの前で読まされるような素晴らしい作品を書き上げたと思っていたら、「ルシー、自分の間違えているところがわからないの?」と先生にいわれてしまうのでした。そしてこれが一番の問題点でしたつまり自分がどう間違っているのか見えていないのです。」
 ルシーさんの側近達は様々な検査を繰り返し原因究明に努めましたが、満足な答えは得られなかったのです。そして最後の可能性を求めて眼の検査を受けるために、ドクター・クラスキンの診察を受けたのです。何故眼の検査が最後の可能性となったかといえば、ルシーさんには1.0の視力があったからです。1.0の視力があれば、「ちゃんと見えてる」と思われていたからです。しかし、検査の結果ルシーさんは、なんと見たもの読んだものの情報を認識する部分に問題があることが判ったのです。「ドクター・クラスキンによると、私は非常に大きな眼の問題を抱えており、しかもそれは何年も発見されずにいたのでした。私のふたつの眼は別々に調べれば視力も良いし、何も問題がありませんでした。しかし、ふたつの眼を一緒に使おうとすると、両眼はバランスよく働かず、見たものの意味を理解する能力に悪い影響を与えていたのです。これにより読書能力が低下し、頑張っても成績が上がらなかったのです。また、両眼のチームワークの悪さのせいで、からだ全体のバランス感覚も乏しく、眼に大いに依存する運動能力にも影響を与えていました。考えてみれば、私は子供の頃を通じていつもチーム戦の選手としては最後に選ばれるほうでした。しかし、この問題は、近視とか遠視などのような簡単に測定できるような問題とは異なるものなのです。」 幸い、こういった眼の問題は改善することができるのです。そして、ルシーさんはドクター・クラスキンの指導の元、彼の作ったプログラムに基づいてビジョントレーニングに取り組みはじめました。
「ただ、私はお世辞にも、聞き分けのいい従順な患者とは言えなかったのです。」「私はいつも不平を漏らしていました。黒板に円を描いたり、壁に映し出される数字を書き写したり、プラスチックのピースを穴に差し込んでいったりというトレーニングに、学校を休んでまでこれらのことをしなくてはならない理由が理解できなかったからです。」 しかし、彼女はなんとかトレーニングを続けました。1963年の11月、当時のケネディ大統領の悲劇があり、ルシーさんのお父さんは、突然アメリカの大統領という大きな責任を背負うことになりました。大統領の娘となったルシーさんの緊張はたいへんなものだったようです。ルシーさんの学校の担任の先生も、ルシーさんがストレスで再び成績を下げるのではないかと心配したほどです。しかしそれとは裏腹に彼女の成績は上がっていったのです。また、ルシーさんの生活全般がこのトレーニングで大きく変わっていったのです。「私の成績はだんだん良くなっていき、1年半後には平均がDからBへとなりました。そして、大学に入った年には、なんと学長の優秀者名簿に名を連ねるまでにもなったのです。高校の時、あれだけ学業で苦労した学生とすれば、驚くべき変身です。また、私のからだのぎこちなさも消えました。もちろん、それでもスポーツ選手になれるほどの技量はありませんでしたが、昔の自分とは比べ物になりませんでした。」 そして1964年の夏からルシーさんはドクター・クラスキンに患者としてトレーニングを受けるかたわら、アシスタントとしても働き始めたのです。彼女がそうであったように、眼の問題を抱えた子どもたちの、やるせない気持ちや、眼に見えない問題に対するフラストレーションがよく理解できたからです。「私は、幼稚園の問題児がやがて小学校でみるみる成績を上げていったケース、あるいは、私のように、落第児が優秀生徒名簿に記載されるまでになったケース、また、ジェットパイ
ロット志望の若い青年が、最終的にはその望みを叶えたケースなど、多くの幸せな患者さんたちをドクター・クラスキンのもとで見てきました。」 ルシーさんは、その後結婚し2人の子どもに恵まれ、こういった眼の問題の早期発見の重要性を訴えるために、各地で講演活動にいそしみました。「私は、眼の専門家ではありませんから、母親の立場でものを言います。すべての親に知って欲しい重要なことは、視力いくつということだけでは、子どもの眼の隠れた問題は見つからないということです。そして、赤ちゃんのときから、すでに眼の機能の発達に留意することの重要性を知っていただきたいのです。何故なら・・・よりよい社会の育成のためには、よりよい教育が鍵となります。そして、よりよい教育の育成のためには、優れた眼の機能が鍵となるからです。その鍵を持っていなければ、よりよい人生へのドアは開けられないのです。」

1980年代には米国の金メダルを取ったオリンピックバレーボールチームが米国オプトメトリストによる視覚機能トレーニングを受けていました。現在でも大勢のプロ、アマチュアのスポーツ選手が視覚機能トレーニングを受けています。子供たち、一般の人の視覚機能の問題をオプトメトリストが検査で発見して眼鏡による矯正を行ったり、トレーニングを担当することも現在では当然のように行われています。


posted by ralphs at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 目について考える
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